今回はストラヴィンスキーの代表曲おすすめ7選を紹介します。
後述しますが、90歳近くまで生きたストラヴィンスキーは、
生涯で110曲もの作品を残しており、多くの作品が現在でも親しまれています。
そのため、7曲に絞るのはちょっと無理があるかな・・・、
とは思いますが「とりあえずこの曲は!」というものを挙げています。
また、最高傑作につていはこちらも毎度のことながら「筆者の独断と偏見」です。
なので、みなさんと意見が一致しなくても、寛大な心でお読みいただければ幸いです。
この記事に関連して、ストラヴィンスキーの生涯ざっくり解説はコチラをご一読ください。
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ストラヴィンスキーの代表曲おすすめ7選
作曲家兼ピアニスト、そして指揮者として活躍したストラヴィンスキー。
作曲意欲は晩年になっても旺盛で、88年にわたる生涯において数々の名作を生み出しました。
その中から、今回は7曲(基本的に有名なものにしました)を紹介します。
長くなりそうなので、今回はいつも以上にサクサク行きましょう!
ストラヴィンスキーの代表曲その1、バレエ『火の鳥』
1曲目はバレエの傑作『火の鳥』です。
本作は1幕2場から構成されており、盟友セルゲイ・ディアギレフの委嘱によって作曲されました。
1910年、パリのオペラ座にて初演が行われ、大きな成功を収めました。
ストラヴィンスキー初期の傑作であり、バレエ版はもちろん、組曲としても演奏機会の多い作品です。
本作の魅力は、なんといってもダイナミックな管弦楽法と、
色彩豊かなオーケストレーション。これは、師であり1908年にこの世を去ったリムスキー=コルサコフの影響が大きいのかもしれません。
そのため、作品は、リムスキー=コルサコフの息子アンドレイに献呈されています。
バレエの物語は、ロシアの民話「イワン王子と火の鳥と灰色狼」がモチーフとして使用されています。
ストラヴィンスキーの代表曲その2、バレエ『ペトルーシュカ』
『火の鳥』の翌年1911年にバレエ・リュス(バレエ劇団の名)のために作曲されたバレエ音楽です。
『火の鳥』とは異なり、幻想的な作風が特徴で、
「ペトルーシュカ」とは、いってみるとロシア版のピノキオのような物語です。
1911年、パリのシャトレ座で行われた初演は聴衆に受け入れられてものの、
その内容に拒否反応を示す人もいたとのこと。
作品は全4部で構成され、それぞれの場面にそくしたタイトルがつけられています。
・謝肉祭の市
・ペトルーシュカの部屋
・ムーア人の部屋
・謝肉祭の市(夕景)
ちなみに、ストラヴィンスキー以外にも「ペトルーシュカ」を題材とした作品はいくつもあり、数えられるだけでも15曲はあるそうです。
ストラヴィンスキーの代表曲その3、ヴァイオリン協奏曲
多作だったストラヴィンスキーが唯一作曲したヴァイオリン協奏曲です。
ヴァイオリニストのサミュエル・ドゥシュキンにより委嘱され、1930年、ストラヴィンスキーが48歳のときに作曲されました。
しかし、依頼当初はヴァイオリンに対する理解が足りなかったため難色を示したと言われています。
そのため、作曲に際しては作曲家ヒンデミットの助言を受けながら、
作曲したそうですよ。全3楽章構成で、演奏時間はおよそ25分程度です。
1931年10月にストラヴィンスキー本人の指揮により初演が行わました。
ストラヴィンスキーの代表曲その4、詩篇交響曲
次は交響曲から1曲。
1930年に指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーの委嘱により作曲された、合唱付きの交響曲です。
「詩篇」とは旧約聖書の「詩篇」のことで、神への賛美の詩が記されています。
余談ですが、英語記述では「Psalms」とされますが、「P」の音は発音せず、
「サーム」と発音します。1930年12月にエルネスト・アンセルメの指揮で初演され、
その6日後にアメリカ初演が行われました。
ストラヴィンスキーが新古典主義を採用していた頃の作品で、
古典主義の復興が随所に盛り込まれています。
演奏時間は20分程度です。
ストラヴィンスキーの代表曲その5、ナイチンゲールの歌
次は交響詩です。
以前、フランツ・リストの記事でも紹介していますが、
交響詩とは、管弦楽によって物語や詩、絵画などを表現する標題音楽のことです。
そのため、作品には一般にタイトル(標題)がつけられ、特定の形式はありません。
話を戻して・・・。
本作はオペラおよびバレエ『ナイチンゲール』の音楽をもとに再変された交響詩です。
ナイチンゲールとは「夜鳴きうぐいす」のこと👇(参考までに)。
オペラおよびバレエは「マッチ売りの少女」や「人魚姫」「みにくいアヒルの子」で知られるデンマークの作家アンデルセンの作品を題材としています。
1919年に交響詩の初演が行われ、オペラ・バレエと同じく好評を博しました。
ストラヴィンスキーの代表曲その6、ペトルーシュカからの3楽章
上述のバレエ『ペトルーシュカ』をもとに、ストラヴィンスキーがピアノにアレンジした作品です。
「他にもピアノ曲あるよね?」
というご指摘は当然と思います。
でもまぁ、筆者の好みとしてご勘弁ください。
本作は、大ピアニストであるルービンシュタインの委嘱により作曲されました。
そのため、作品はルービンシュタインに献呈されています。
見ていたたいてお分かりのように「超超激ムズ」の1曲です。
それもそのはず、ルービンシュタインが依頼した際「世界一難しい曲を」というオーダーで依頼したのだとか・・・。
しかし、ルービンシュタインがこの作品を録音する機会に恵まれませんでした。
なんとも残念な話です・・・。
腕に自信のある方は、ぜひ一度挑戦してみてはいかがでしょうか。
演奏時間はおよそ15分です。
ストラヴィンスキーの代表曲その7、八重奏曲
最後は珍しい作品を1つ。
1922年から1923年にかけて作曲された『八重奏曲』です。
しかも使われている楽器はすべて管楽器。
ストラヴィンスキーがこの曲を思い至った経緯は、
なんでも「夢のなかでこの編成による演奏を聴いた」からなのだとか。
でも、作品そのものは記憶に残らず「編成だけ」記憶に残っていたそうです。
そして、目覚めたと同時に作品に取り掛かり、一気に書き上げたと言われています。
作曲年と同年の1923年にストラヴィンスキー本人の指揮によって初演が行われました。
演奏時間は15分程度です。
代表曲、番外編
最後に珍しく番外編を1つ。
前回の記事では、ストラヴィンスキーが来日したことも取り上げました。
その際に武満徹の才能を見出したのは有名な話です。
さて、そんなストラヴィンスキーですが、
実はロシア語のに翻訳された和歌集『日本の抒情詩』をもとに、
歌曲集を作曲しています。
といっても、ドイツ語訳をロシア語に訳したものなので、
日本語の真意がどこまで表現されているかは謎ですが・・・。
作曲年代は意外と早く、
1912年から1913年、つまりストラヴィンスキー初期の作品として作曲されました。
興味深い作品ですので、ぜひ聴いてみてください。
ストラヴィンスキーの作品の特徴は?何派?
ここまでストラヴィンスキーの代表曲7曲+番外編を紹介しました。
ストラヴィンスキーは有名作やマイルストーンとなった作品が多いため、
また別の機会に紹介したいと思います。
ここでは、ストラヴィンスキーの作品の特徴についていくつか見てみましょう。
ストラヴィンスキーの作品の特徴1、三大バレエ音楽をおさえよう
さまざまなジャンルで傑作を残したストラヴィンスキーですが、
なかでも「三大バレエ音楽」はぜひ覚えておきたい作品です。
ストラヴィンスキーの三大バレエ音楽とは以下の3曲です。
すべて聴くのは大変かもしれませんが、
どれもそんなに長い作品ではないので、一度は聴いておきたい作品です。
大編成のオーケストレーションやロシア民謡が多用されたパワフルな作風は、当時のクラシック音楽会にまさに革新をもたらしました。
また、これらの作品はストラヴィンスキーの原始主義をもっともよく表した作品でもあり、彼の音楽史上においてもとても重要な作品群です。
ストラヴィンスキーの作品の特徴2、さまざまな表現を追求
ストラヴィンスキーは、その長い作曲家人生において、
さまざまな音楽的変遷を経た人物でもありました。
それらは大きく分けて3つ。
まずは、1つ目で紹介したような3つのバレエ音楽に見られる原始主義的音楽。これについて、ストラヴィンスキー本人が強く主張したわけではありませんが、管弦楽や打楽器を多用した「原始を想起させる」音楽が初期の特徴です。
そして2つ目が新古典主義への傾倒です。
新古典主義とは、超ざっくりにいうと「古典作品を見直して、現代的視点を取り入れて表現しよう」というもの。
そして、新古典主義にもさまざあるなかで、ストラヴィンスキーが特に傾倒したのが、バロック時代のイタリア音楽でした。
最期がセリー主義。
ちょっと難しいですが、簡単にいうと「12音技法」のことです。
アルノルト・シェーンベルクらによって提唱されたもので、
20世紀を象徴する音楽と言っても過言ではないかもしれません。
ストラヴィンスキーも時代の潮流に乗り、セリー主義的作品を生み出しています。
今回紹介した『詩編交響曲』も、セリー主義的技法が用いられて一作です。
ストラヴィンスキーの作品の特徴3、卓越した管弦楽法
両親の意向により法学部へ進学したストラヴィンスキー。
そのため、本格的に音楽の勉強を始めたのは、比較的遅い時期からでした。
そんな彼にとって、大きな転機となったのが、師リムスキー=コルサコフとの出会いです。
当初は不定期で行われた指導でしたが、
ストラヴィンスキーの才能に関心したリムスキー=コルサコフは本格的に作曲の指導を施します。
これにより才能を開花させたストラヴィンスキー。
やがて師匠仕込みの管弦楽法が遺憾無く発揮され、
やがてベルリオーズやラヴェルなどと肩を並べるほどの色彩豊かなオーケストレーションを完成させていきます。
ストラヴィンスキーの最高傑作『春の祭典』について
最後にストラヴィンスキーの最高傑作の紹介・・・、
のつもりでしたが、今回は「これだけは押さえておこう!」という意味を込めて『春の祭典』にします。
といのも『春の祭典』は、ストラヴィンスキーの長い作曲家人生における初期の作品。
当然その後に紆余曲折を経て作曲家としての技量も高まるわけです。
なので、作曲技法や奥深さという点において、後期の作品の方が完成度は高いと思うのですが、もっとも有名ということで、今回は『春の祭典』にしました。
『春の祭典』の解説
ストラヴィンスキーのバレエ『春の祭典』は、
1913年5月、シャンゼリゼ劇場にて初演を迎えました。
「斬新にしてセンセーショナル」で有名な作品ですが、
その内容は「2つの部族間の争いに太陽神が怒り、怒りを鎮めるために乙女を生贄(いけにえ)に捧げる」という話。これは古代スラヴ民族の異教徒祭礼に着想を得たものだそうです。
タイトル「祭典」とありますが、
じつは「人柱を立てる」という恐ろしい話でもあります。
こうした物語を、不協和音や変則的なリズムで構成し、
奇抜な衣装やダンス(バレエですが)で表現したのが『春の祭典』です。
また作品には、ロシア民謡が複数使用されており、
民族音楽的な要素も存分に取り入れられています。
初演は大混乱?!
さて、この作品にまつわる有名なエピソードとして、
初演時に大混乱が起きたといものがあります。
それは「曲が始まると次第に聴衆から笑い声が聞こえ始め、やがてヤジに変わり、ついには賛成派と反対派で殴り合いのケンカが勃発した」というもの。
また、そのケンカがあまりにも凄まじかったため、天才バレエ・ダンサーのニジンスキーが舞台袖からダンサーに合図を送らなければならないほどだったとされています。
初演に訪れたサン=サーンスは、冒頭の木管楽器(ファゴット)のフレーズを聴いただけで不快感をあらわにし、席を立ったというのも有名な話。
それくらいセンセーショナルな作品だった『春の祭典』ですが、
最近では、これらの話は大袈裟に誇張されたものだと見直されているそうです。
実際には怪我人が出たり、舞台が壊されるといったようなことはなかったとのこと。
ただ、ストラヴィンスキーは自伝の中で「不愉快極まる示威は次第に高くなり、やがて恐るべき喧騒に発展した」と回顧しているので、何らかの喧騒があったことは間違いないかもしれません。
初演以降のパリ公演やロンドン公演では何事もなく、無事に公演を終え、
大成功を収めました。いずれにしても、本作『春の祭典』がストラヴィンスキーの名を不動のものにした1曲であるというのは間違いないでしょう。
ストラヴィンスキーの代表曲まとめ
サクサクと終わるはずでしたが、
今回もかなりの長文になってしまいました。
ここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございます。
ストラヴィンスキーという作曲家の作品について、
少しでも知っていただければこれ以上嬉しいことはあまりありません。
冒頭でも書いたように、ストラヴィンスキーの作品は名曲揃いです。
今回紹介したのはその中のごく一部なので、
関心を持たれた方は、ご自身の感性にあうような作品を探求してみるのも面白いのではないでしょうか。
ということで、今回はここまで。
関連記事も豊富にありますので、そちらも併せてご一読くだされば、
より一層理解が深まりますよ!
キーボードや電子ピアノをお探しの方は、
こちらの記事を参考にしてみてください!👇
・『火の鳥』
・『ペトルーシュカ』
・『春の祭典』