フランス近代音楽の巨匠、モーリス・ラヴェルが作曲したピアノ曲「ソナチネ」。
その透明感あふれる美しい旋律と洗練されたハーモニーに憧れを抱くピアノ愛好家は多いのではないでしょうか?
一方で、これからチャレンジする人の中には、
といった疑問を持つ方もいると思います。
この記事では、そんな疑問を解消するために、ラヴェル「ソナチネ」の難易度を各楽章ごとに超絶解説します!
具体的な弾き方のポイントや、記事の後半では無料で入手できる楽譜情報も紹介していますので、ぜひ最後まで読んで参考にしてください。
筆者は3歳からピアノを開始。紆余曲折を経て、かれこれ30年以上ピアノに触れています。音大へは行っておらず、なぜか哲学で修士号を取得という謎の人生。
ラヴェルと「ソナチネ」~古典美と近代の融合~
出典:YouTube
本題の前に、ちょっとだけ寄り道を。
ラヴェルについて解説しますね。
モーリス・ラヴェル(1875-1937)は、クロード・ドビュッシーと並び称されるフランス印象主義音楽を代表する作曲家の一人。
とはいえ、彼の音楽は印象主義という枠に収まらず、古典的な形式美への深い造詣、スペイン音楽からの影響、ジャズの要素の取り込みなど、多岐にわたる様式を独自の語法で昇華させました。
「スイスの時計職人」と形容されるほどの精密で洗練された書法や、「管弦楽の魔術師」の異名を持つ色彩豊かなオーケストレーションは、今日でも多くの人々を魅了し続けています。
「ソナチネ」は、1903年から1905年にかけて作曲。
当時、パリの音楽雑誌『週刊音楽評論』が主催したピアノ小品コンクールの応募作品として、まず第1楽章が書かれたと言われています(ただし、コンクール自体は中止)。
ラヴェルの作品群の中で、「ソナチネ」は比較的初期の作品に位置づけられますが、古典的なソナタ形式やメヌエットといった伝統的な形式を用いながらも、彼特有の繊細な和声感覚や優美な旋律線が随所に光る、珠玉の名品です。
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ラヴェル「ソナチネ」楽曲解説~各楽章の魅力に迫る~
出典:YouTube:ラヴェル本人による演奏です(1・2楽章)
ラヴェルの「ソナチネ」は全3楽章から構成され、全体を通して透明感のある響き、色彩豊かな和声、そして技巧的なパッセージと叙情的な旋律の見事な対比が魅力。
各楽章の個性を理解することで、より深い演奏表現へと繋がるでしょう。
以下では、各楽章についてポイントをさっくりと解説します。
第1楽章 Modéré(中庸の速さで)
出典:YouTube
聴きどころ: 美しく流れるような旋律線、繊細に移り変わる和声、そして軽やかで技巧的なパッセージが絶妙なバランスで配置されています。ラヴェルらしいエスプリに富んだ楽章です。
第2楽章 Mouvement de Menuet(メヌエットの動きで)
出典:YouTube:ピアノスタジオ シンフォニア様より
聴きどころ: 古典的な舞曲の形式を用いながらも、近代的な響きとの見事な融合が見られます。左右の手がそれぞれ独立した旋律を奏でるポリフォニックな書法も特徴的です。
第3楽章 Animé(活き活きと)
出典:YouTube
聴きどころ: 息つく間もない急速なスケールやアルペジオ、輝かしい和音の連続、そして推進力のあるリズムが特徴。演奏者には高度な技巧と集中力が求められますが、弾きこなした際の達成感は格別だと思います。
ラヴェル「ソナチネ」の難易度・レベルを超絶解説~
ラヴェルの「ソナチネ」は、一般的にピアノ中級の上から上級者向けの作品とされています。
音楽大学の入学試験や演奏試験の課題曲として選ばれることもあり、単に指が正確に動くだけでなく、ラヴェル特有の色彩感やニュアンスを表現する高度な音楽性が欠かせません。
筆者にとっては、かなり苦手な部類の作品です・・・。
それはさておき、「ソナチネ」各楽章の難易度とポイントを見てみましょう。
教則本なども例に入れながら解説します。
第1楽章の難易度と技術的ポイント
難易度評価: ピアノ演奏グレードで言えば上級レベル。ツェルニー40番~50番程度の練習曲をこなし、バッハの平均律クラヴィーア曲集や古典派ソナタ(モーツァルト、ベートーヴェン中級程度)などを学習している方が挑戦するレベルと言えるでしょう。
技術的課題
- 正確なリズム感とテンポの維持。
- 滑らかで均質なアルペジオの演奏。特に左手のアルペジオは伴奏としてだけでなく、音楽的な流れを作る上で重要です。
- 繊細なタッチコントロール。特にピアニッシモ(ppp)での透明感のある音色が求められます。
- 歌心のあるフレージングと、旋律線の自然な表現。
- 響きを濁らせない、効果的で繊細なペダリング。
第2楽章の難易度と技術的ポイント
難易度評価: 技術的な難易度は第1楽章と同等か、ややリズムの解釈やポリフォニックな部分の弾き分けが難しいと感じるかもしれません。
技術的課題
- 軽快なスタッカートと滑らかなレガートの明確な対比。
- 左右の手の独立性。それぞれの声部をクリアに聴かせることが重要です。
- 内声の聴かせ方とバランス感覚。
- メヌエット特有の優雅なリズム感の表現。3拍子の取り方が鍵となります。
- ポリフォニックな書法への理解と、各声部の歌わせ方。
第3楽章の難易度と技術的ポイント
難易度評価: 「ソナチネ」全3楽章の中で、最も技巧的に難しい楽章です。ツェルニー50番やショパンのエチュードなどの演奏会用練習曲に取り組んでいるレベルが目安となります。
技術的課題
- 急速かつ正確なスケールとアルペジオ。指の独立性と均一性が求められます。
- 広い音域への跳躍の正確さ。
- 同音連打のクリアな演奏。
- 複雑なリズムの正確な演奏と、推進力のある表現。
- 高い集中力とスタミナ、そして輝かしい音色を作り出す技術。
ラヴェル「ソナチネ」と同程度の難易度のピアノ曲
せっかくなので、「ソナチネ」のレベル感をより具体的に把握するために、同程度の難易度とされるピアノ曲をいくつかご紹介します。
ただし、難易度の感じ方には個人差があるため、あくまで目安として参考にしてください。
ドビュッシー「夢」
- 理由:叙情的で美しい旋律線、夢見るような雰囲気、和声の移ろいに対する感覚、そして旋律を歌いこむ表現力が求められる点が「ソナチネ」第1楽章に通じます。技術的な負荷はやや軽めですが、音楽的表現の方向性は似ています。
ショパン「ワルツ 嬰ハ短調」
- 理由:ある程度の技巧性(急速なパッセージ、左手の跳躍など)に加え、歌心のある中間部の豊かな表現、楽曲全体の構成力が求められます。「ソナチネ」第3楽章の華やかさや第2楽章の優雅さと、技術・表現の両面で比較対象となり得るでしょう。
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」:
- 理由:ラヴェル特有の洗練された和声感覚、ゆったりとしたテンポの中での精密な音色のコントロール、そして深い情感表現が求められる点で共通しています。「ソナチネ」と比較すると技術的な難易度はやや抑えめですが、ラヴェル作品への導入として、また音楽的表現の方向性を掴む上で参考になります。
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ラヴェル「ソナチネ」演奏のコツ~美しい響きを引き出すために~
出典:YouTube
ラヴェル特有の透明感と色彩感のある響きを表現するためには、楽譜の指示を忠実に守ることはもちろん、自分の耳で響きを確かめながら音楽を作り上げていくことが重要です。
以下では、全体的な演奏のコツをまとめました。
おもなポイントは3つ。
一つずつ解説します。
ポイント1:透明感のあるタッチ、多彩な音色
ラヴェルの音楽の命とも言えるのが、その多彩で透明感あふれる音色です。ppp(ピアニッシッシモ)からff(フォルティッシモ)までの幅広いダイナミクスを明確に弾き分け、特に弱音での繊細な響きを追求しましょう。
ポイント2:リズムの正確さ、音楽的柔軟性、そして各声部のバランス
ラヴェルの音楽は、基本的にはリズムとテンポを正確に保つことが大前提です。その上で、フランス音楽特有の「テンポ・ルバート(盗まれた時間)」と呼ばれる自然なテンポの揺らぎを取り入れることで、より表情豊かな演奏になります。ただし、ルバートは過度になりすぎないように。
ポイント3:楽章ごとのキャラクターと表現の違いを明確に
「ソナチネ」は3つの楽章それぞれが明確に異なる性格を持っています。
これらのキャラクターの違いを深く理解し、弾き分けることで、楽曲全体の構成美が一層際立ちます。
- 第1楽章 : 優美さ、夢見るような雰囲気、そして流れるような美しいフレージングを心がけ、透明感のある響きを追求しましょう。
- 第2楽章 : 典雅さ、軽快さ、そしてメヌエット特有の3拍子のリズム感を大切に。時にシリアスな表情を見せる部分も効果的に表現し、古風な趣と近代的な響きの対比を楽しみましょう。
- 第3楽章 : 輝かしさ、高度な技巧性、そして音楽を前へ前へと推し進める推進力を前面に出しましょう。クライマックスに向けて熱狂的に盛り上げていくエネルギーも必要です。
難易度に関するQ&A
本記事を制作するにあたり、質問の多かった項目をQ&A方式でまとめました。
「ソナチネ」と聞くと、「比較的やさしい作品かな?」と思う人が多いようです。
あくまでも筆者の体験ですが、「ラヴェル作品に簡単な曲はない」というのが正直な感想です。
ラヴェル「ソナチネ」の楽譜紹介~無料楽譜から定番版まで~
最後に恒例の楽譜紹介をして終わりにします。
「ソナチネ」を練習するにあたっては、信頼できる原典版(作曲者の意図に最も近いとされる版)や、優れた校訂者による版を選ぶのがお勧めです。
購入前に、無料楽譜でチェックしるのもありだと思います。
無料楽譜:IMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト)
IMSLPでは、パブリックドメイン(著作権が消滅した)の楽譜を無料でダウンロードできます。ラヴェルの「ソナチネ」も複数の版が収録されているので便利です。
ラヴェル「ソナチネ」のダウンロードはこちらから!
利用の際の注意
複数の版が存在する場合、初版や信頼できる校訂者(例:Alfred Cortotなど、ただし彼の版はロマンティックな解釈が強い場合もあるので注意)による版を参考にすると良いでしょう。
ダウンロードする際は、著作権の状況を必ず確認してください(ラヴェルの作品は多くの国でパブリックドメインとなっています)。
ヘンレ社版
信頼性の高い版の一つとして多くのピアニストに選ばれています。
>>アマゾン:ラヴェル: ソナチネ/原典版/Jost編/ヘンレ社/ピアノ・ソロ
全音版
日本の楽譜出版の大手、全音社版。日本語によるわかりやすい解説付きです。
>>アマゾン:ラヴェル ピアノ作品全集 第1巻(鏡や水の戯れなども収録)
ラヴェル「ソナチネ」難易度・演奏解説:まとめ
ということで。
今回は、ラヴェルのピアノ曲「ソナチネ」の難易度、各楽章の解説、演奏のポイント、そしておすすめの楽譜について詳しく紹介しました。
ラヴェルの「ソナチネ」は、技術的にも音楽的にも高度な要求があるものの、その比類なき美しさと芸術性から、多くのピアニストにとって憧れであり、挑戦する価値のある珠玉の名曲です。
今回のポイントをまとめますね。
- ラヴェルの「ソナチネ」は、古典的な美しさと近代的な響きが融合した、一生もののレパートリーになり得る3楽章構成のピアノ曲です。
- 各楽章の魅力(第1楽章の優美さ、第2楽章の典雅さ、第3楽章の輝かしさ)を理解し、表現豊かな演奏を目指してみてください。
- 難易度はピアノ中級上~上級者向け。特に第3楽章は高度な技術を要しますが、段階的な練習で克服可能です。
- ドビュッシーやショパンの有名曲と比較することで、自分の現在の実力と目標設定の目安が分かります。
- 美しい演奏の鍵は、透明感のあるタッチ、繊細なペダリング、リズム感、声部バランス。具体的な練習ポイントを実践しましょう。
- IMSLPで無料楽譜が手に入るので、今日から気軽に譜読みを始められます。
- 信頼できる有料楽譜(デュラン版、ペータース版など)も参考に、より深い楽曲理解を目指しましょう。
- ラヴェル「ソナチネ」は難曲ですが、挑戦することで大きな達成感と音楽的成長が得られるはず。