そんな人のための記事となっています。
この記事では、フランス近代音楽の金字塔であり、ラヴェルのピアノ作品の最高傑作の一つ「クープランの墓」について、ピアノ学習者が気になる「難易度」を1曲ずつ解説します。
各曲の技術的なポイントから表現のコツ、おすすめの練習順、記事の後半では、無料で利用できる楽譜の情報も紹介していますので、ぜひ最後まで読んで参考にしてください!
筆者は3歳からピアノを開始。紆余曲折を経て、かれこれ30年以上ピアノに触れています。音大には行っておらず、なぜか哲学で修士号というナゾの人生です。
ラヴェル「クープランの墓」とは?戦争の悲しみを乗り越えたオマージュ
難易度解説に入る前に、まずは本作についてざっくりと解説しますね。
本作「クープランの墓」は、ただただ美しい。でも一方で、ラヴェルにとっては、単なるピアノ組曲以上のものでもありました。作曲の背景には、じつはラヴェルの深い想いが込められています。
「墓」とは故人への「オマージュ」
タイトルにある「墓(Tombeau)」という言葉に「?」と思う人もいるかもしれません。しかしこれは、単に「お墓そのもの」を指すのではなく、フランス・バロック時代に流行した音楽形式の一つで、「偉大な先人への敬意を表す楽曲(オマージュ)」を意味します。こうした意味を踏まえて、ラヴェルは、自身が深く尊敬する18世紀フランスの作曲家フランソワ・クープランの様式にならって、この組曲を作曲したというわけです。
じゃあ、「偉大な先人たちって誰?」ってなりますよね。
そう、この曲は・・・。
第一次世界大戦で亡くなった友人たちへの「追悼」
この組曲が作曲されたのは、第一次世界大戦の最中から直後にかけて、1914年頃だと言われています。じつは、ラヴェル自身も輸送兵として戦争に参加しましたが、そこで多くの友人を戦争で亡くすという悲劇が襲いました。
この悲しい経験をもとに作曲されたのが、「クープランの墓」というわけです。
そのため、各曲には、その亡くなった友人一人ひとりへの追悼として捧げられています。 一見すると典雅で美しい曲の中に、戦争の悲しみと、友人たちへの個人的で深い愛情が秘められているということを、ぜひ覚えておいてくださいね!
ピアノ版と管弦楽版の違い
本作は、ピアノ独奏曲としても有名ですが、管弦楽版での演奏も少なくありません。
元々「クープランの墓」は全6曲からなるピアノ組曲として作曲されました。その後、ラヴェル自身が特に気に入っていた4曲(プレリュード、フォルラーヌ、メヌエット、リゴードン)を選び、管弦楽用に編曲しています。「スイスの時計師」の異名を持つラヴェルならではの華麗なオーケストレーションも必聴です。
リゴードン・・・南フランス発祥の舞曲。4分の4拍子や4分の2拍子の軽やかなテンポが特徴
管弦楽版:出典:YouTube
【結論】「クープランの墓」の難易度一覧
ということで、少し寄り道をしましたが、難易度解説です。
まず結論から。
組曲「クープランの墓」の全体的な難易度は、ピアノ学習者にとって【上級者向け】です!ツェルニー40番やバッハの平均律クラヴィーア曲集を終え、ショパンのエチュードなどに取り組むレベルが目安となるでしょう。
筆者もツェルニー40番の中盤くらい、ベートーヴェンのピアノソナタ(テンペストだったかな)を練習していた頃に弾いた覚えがあります。
とはいえ、全6曲の難易度には幅があります。一目でわかるように一覧表にまとめました。
難易度については、一般的な評価と、筆者の実体験をふまえたものです。すべての人にあてはまるとは限りませんので、ご容赦ください。
曲名 | 難易度評価 | 主な技術的課題 |
1. プレリュード | ★★★★☆ | 軽やかで速いパッセージ、アルペジオ |
2. フーガ | ★★★☆☆ | 声部の弾き分け、ポリフォニックな思考 |
3. フォルラーヌ | ★★★☆☆ | 独特のリズム、優雅な表現力 |
4. リゴードン | ★★★★☆ | 和音の力強い打鍵、素早い跳躍 |
5. メヌエット | ★★☆☆☆ | 繊細なタッチ、ペダリング |
6. トッカータ | ★★★★★+ | 超絶的な連打、持久力、両手の独立 |
「クープランの墓」の難易度を1曲ずつ徹底解説
ここからは、各曲の具体的な難易度と技術的・表現的なポイントを詳しく見ていきましょう。
素晴らしい演奏動画も、あわせてご視聴ください。
1. プレリュード (Prélude)
- 難易度: ★★★★☆
- 技術的ポイント: 冒頭から最後まで続く、絶え間ない16分音符の高速パッセージが最大の難関です。軽やかさと正確性を両立させるタッチ、そして複雑なアルペジオを滑らかに弾きこなす技術が求められます。ジャック・シャルロ中尉に捧げられました
表現のポイント: まるで風が吹き抜けるような、あるいは湧き水がキラキラと輝くような透明感を出すことが大切です。ペダルを濁らせず、繊細なデュナーミク(強弱)の変化で音楽に立体感を与えましょう。
出典:YouTube
2. フーガ (Fugue)
- 難易度: ★★★☆☆
- 技術的ポイント: 3つの声部(メロディライン)が独立して動く、バッハを思わせるポリフォニー様式です。それぞれの声部を明確に弾き分け、対話させる能力が試されます。特に左手で滑らかなレガートを保ちながら、他の声部を演奏するのが難しいポイントです。ジャン・クルッピ少尉に捧げらました。
表現のポイント: 静かで瞑想的な雰囲気が漂う、内省的な楽曲です。技術的な難しさよりも、各声部の絡み合いを深く理解し、知的な対話を表現することが重要になります。
出典:YouTube
3. フォルラーヌ (Forlane)
- 難易度: ★★★☆☆
- 技術的ポイント: 独特の付点リズムの弾むようなリズムを正確に、かつ優雅に演奏することが求められます。左右の手で異なるリズムを組み合わせる箇所もあり、ポリリズムの感覚も必要です。ガブリエル・ドゥリュック中尉に捧げらられました。
表現のポイント: どこか物憂げで気まぐれな雰囲気を持つ、古風な舞曲です。典雅なステップをイメージしながら、甘美さと少しの皮肉が入り混じったような、ラヴェル特有のニュアンスを表現しましょう。
出典:YouTube
4. リゴードン (Rigaudon)
- 難易度: ★★★★☆
- 技術的ポイント: 力強く歯切れの良い和音の打鍵と、俊敏な手の跳躍が求められます。快活な主部と、対照的に穏やかで歌謡的な中間部の弾き分けがポイント。特に、主部の鋭いアクセントとスタッカートを明確に演奏するテクニックが必要です。この曲を聴いていると、のちのカプースチンを連想させます。ピエール&パスカルのゴーダン兄弟に捧げられました(ラヴェルの幼馴染だったそうです)
表現のポイント: フランス南部の快活な舞曲のリズム感を存分に表現しましょう。中間部では一転してノスタルジックな歌心を大切に。この鮮やかな対比こそが曲の魅力です。
出典:YouTube
5. メヌエット (Menuet)
- 難易度: ★★☆☆☆
- 技術的ポイント: この組曲の中では最も取り組みやすく、技術的なハードルは比較的低い曲です。しかし、ラヴェル特有の繊細な音色コントロールと、響きを濁らせない絶妙なペダリングが音楽の質を大きく左右します。ラヴェルの家主、ジャン・ドレフュスに捧げられました。
表現のポイント: 甘く切ないハーモニーが心に染みる、非常に美しい楽曲。優美さの中に漂う深い哀愁を、丁寧なタッチで表現することが求められます。まずはこの曲から「クープランの墓」の世界に触れてみるのがおすすめです。
出典:YouTube
6. トッカータ (Toccata)
- 難易度: ★★★★★+ (規格外)
- 技術的ポイント: ピアノ音楽の歴史においても、屈指の難易度を誇る超絶技巧曲です。曲の大部分を占めるすさまじい速さの同音連打は、正確な打鍵と無尽蔵のスタミナを要求します。加えて、両手ともに高度なパッセージが頻出し、ピアニストの総合的な能力が試されます。激ムズ要素入ってます。ジョゼフ・ドゥ・マルリアーヴ大尉に捧げられました。
表現のポイント: 機械的な正確さだけでは音楽になりません。圧倒的な技巧の中に、クライマックスへ向かって突き進む強烈なエネルギーと高揚感を表現する必要があります。まさにピアニストにとっての「最終ボス」とも言える一曲です。
出典:YouTube
どの曲から弾く?「クープランの墓」おすすめの練習順
全曲制覇を目指す方も、好きな曲だけ弾きたい方も、以下の順番を参考にしてみてください。
筆者はこの順番で演奏しました。でも、レッスンに通われている方は、先生と相談しながら決めてくださいね!
- Step 1: メヌエット
- まずはこの曲でラヴェルのハーモニーと繊細なタッチに触れるのが最適です。
- Step 2: フォルラーヌ or フーガ
- 独特のリズム感を掴む練習には「フォルラーヌ」、対位法の楽曲が得意なら「フーガ」に挑戦してみましょう。
- Step 3: リゴードン or プレリュード
- より高度な技巧へステップアップ。力強いリズム感と跳躍を学ぶなら「リゴードン」、高速パッセージの持久力を鍛えるなら「プレリュード」が良いでしょう。
- Step 4: トッカータ
- 組曲のフィナーレを飾る最難関。十分な基礎力と音楽的成熟、そして何より強い覚悟を持って臨むべき終着点です。
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実際に購入する前に、無料楽譜で難易度感を見てみるのもアリだと思います。気になる方は、ダウンロードして実際にチェックしてみましょう!
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注意点: 最新の校訂が反映されていなかったり、運指(指使い)が書かれていなかったりすることがあります。あくまで参考として利用するのが良いでしょう。
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本格的に学習するなら、信頼できる出版社から出ている楽譜をおすすめします。プロの演奏家も使用する定番は、作曲家ラヴェル自身が監修したデュラン社(Durand)版です。正確な校訂や、研究に基づいた運指が記されており、学習の助けになると思います。
そのほか、日本語版もでていますので、ご自身の好みにあわせて購入してください。
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もっと深く知るために:作曲家とオマージュの対象
最後に、豆知識としてラヴェルとクープランについて少しだけ。関連記事もお読みいただくと、より理解が深まりますよ!
作曲者モーリス・ラヴェルとは?
モーリス・ラヴェル(1875-1937)は、ドビュッシーと並び称されるフランス近代音楽の巨匠です。「水の戯れ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「ボレロ」など数々の名曲を残しました。「印象派」とみなされながらも、古典的な形式美を重んじた精緻な作風から「スイスの時計職人」とも評された、孤高の完璧主義者でした。
オマージュの対象フランソワ・クープランとは?
フランソワ・クープラン(1668-1733)は、「太陽王」ルイ14世に仕えたフランス・バロック時代を代表する作曲家・クラヴサン(チェンバロ)奏者です。数多くの優雅で装飾的なクラヴサン曲集を残し、後世の作曲家に大きな影響を与えました。ラヴェルは、この偉大な先人のエスプリ(精神)を、近代的なハーモニーと技巧で見事に蘇らせた人物です。
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ラヴェル「クープランの墓」の難易度解説:まとめ
ということで、今回はラヴェル作曲「クープランの墓」の難易度を解説しました。
本作は、ラヴェルの深い追悼の心と、芸術的な創意が込められたピアノ音楽の宝です。難易度は全体的にかなり高めですが、1曲ずつ見ていくと、ご自身のレベルや目標に合わせて挑戦できる曲がきっと見つかるはずです。
この記事で解説したポイントを参考に、ぜひこの美しくも感動的な音楽の世界に飛び込んでみてください。
あらためてこの記事のポイントをまとめます。
- 「クープランの墓」は、友人への追悼と先人への敬意を込めたラヴェルのピアノ組曲。
- 組曲全体の難易度は「上級者向け」で、高度な技術と表現力が求められる。
- 最も挑戦しやすいのは「メヌエット」。ラヴェルの世界への入り口として最適。
- 最も難しいのは「トッカータ」。プロのピアニストにとっても難曲中の難曲。
- 「フーガ」では声部の弾き分け、「フォルラーヌ」では独特のリズム感が課題となる。
- 「プレリュード」と「リゴードン」は、対照的な技巧が要求される難曲。
- 練習は「メヌエット」から始め、徐々に難易度を上げていくのがおすすめ。
- 楽譜はIMSLPで無料入手できるが、学習用には信頼できる有料版も検討価値あり。