一度聴いたら忘れられない、ハチャトゥリアンの「トッカータ」。
発表会やコンクールで演奏されれば、会場の空気を一変させるほどの圧倒的なエネルギーを持つこの曲は、多くのピアノ学習者にとって「いつか弾いてみたい憧れの一曲」ではないでしょうか。
しかし、その激しさゆえに、こんな不安を感じる方も多いはずです。
この記事では、そんなハチャトゥリアンの「トッカータ」の難易度について、具体的な教則本との比較を交えながら解説します。
この記事を最後まで読めば、「トッカータ」がただの憧れではなく、具体的な目標として見えてくるはずです。
筆者は3歳からピアノを開始。いろいろありなあらも、かれこれ30年以上ピアノに触れています。音大には行っておらず、なぜか哲学で修士号という謎の人生です。
作曲家アラム・ハチャトゥリアンについて
出典:YouTube
この強烈な「トッカータ」を生み出したアラム・ハチャトゥリアン(1903-1978)は、旧ソビエト連邦の構成国であったアルメニア出身の作曲家です。
彼の音楽の最大の特徴は、なんといっても故郷アルメニアや周辺地域の民族音楽の要素を、クラシック音楽の形式に大胆に取り入れた点。
そのため、作品には独特のリズム、異国情緒あふれる旋律、そして生命力に満ちたダイナミズムが息づいています。
日本ではバレエ音楽「ガイーヌ」の中の「剣の舞」が特に有名ですが、他にもバレエ「スパルタクス」やヴァイオリン協奏曲など、数多くの傑作を残しました。
「トッカータ」は1932年、彼がまだモスクワ音楽院の学生だった29歳の時に作曲された初期の作品です。若き日のエネルギーと、故郷の音楽への情熱がほとばしるこの曲は、彼の名を世界に知らしめるきっかけとなった、まさに代表作の一つと言えるでしょう。
ハチャトゥリアンについては、こちらの記事で詳しく紹介しています。
「トッカータ」の楽曲解説
「トッカータ(Toccata)」とは、イタリア語の「toccare(触れる、叩く)」を語源とする音楽形式です。その名の通り、鍵盤をリズミカルに叩くような、速くて技巧的なパッセージが特徴です。
ハチャトゥリアンの「トッカータ」は、この伝統的な形式に、ルーツであるアルメニアの民族舞踊の要素を融合させた、独創性あふれる作品です。
曲は大きく分けて「急-緩-急」の三部形式で構成されています。
第1部(Allegro marcatissimo):激情の始まり
冒頭、叩きつけるような同音連打で強烈に幕を開けます。機械的で鋭いリズムが、聴く者を一気に曲の世界へ引きずり込みます。ここはまさに「トッカータ」の語源通り、鍵盤を打楽器のように扱うセクションです。
中間部(Andante espressivo):束の間の静寂と郷愁
激しい第1部とは対照的に、東洋的で物悲しい、美しいメロディーが現れます。まるでアルメニアの広大な風景や、民族楽器の音色が聞こえてくるような、非常に叙情的で歌心あふれる部分です。
第3部(Tempo I – Coda):熱狂のクライマックス
再び冒頭の激しいテーマが戻り、中間部のメロディーも絡み合いながら、曲はクライマックスへと突き進みます。最後は両手による超絶技巧のパッセージが炸裂し、圧倒的な迫力の中で華麗に終結します。
この静と動の鮮やかな対比が、この曲の大きな魅力です!
「トッカータ」の難易度を実体験をもとに解説
ということで、難易度についてです。結論から言うと、ハチャトゥリアンの「トッカータ」は「上級レベル」かなと。ピアノ学習者にとっては、一つの大きな目標となる難曲です。
各種ピアノの難易度指標では、以下のように位置づけられています。
- ショパンの「英雄ポロネーズ」やリストの「ラ・カンパネラ」などと同じランク。
- ヤマハピアノ演奏グレード: 5級~3級
- 指導者や演奏家を目指すレベルで、高度な技術と音楽性が求められます。
演奏時間は5分程度と比較的短い作品ですが、相当な指の力や技術力を必要とします。
また、上述の通り、結構トリッキーなリズム展開なので、体に覚え込ませるのも結構大変です。
伝統的なクラシック音楽の技法とは、かなり離れているので。
全音ピアノピースでは販売されていませんが、おそらく難易度E〜Fに分類されるのではないでしょうか(筆者の体感から)。
目安となる教則本との比較
より具体的に、一般的な教則本とのレベル感を比較してみましょう。
ソナチネアルバム:
ソナチネアルバムの第1巻・第2巻を完全にマスターし、ベートーヴェンの初期のソナタ(例:第1番、第5番、第8番「悲愴」など)を音楽的に弾きこなせるくらいのレベルが、挑戦のスタートラインと言えます。
ツェルニー30番・40番・50番:
ツェルニー40番「熟練の技」を修了していることは、この曲に取り組む上での最低条件の一つです。理想を言えば、ツェルニー50番で、より高度な指の独立性や持久力を養っていると、練習がスムーズに進むでしょう。
バッハ:
インヴェンションとシンフォニア、さらには平均律クラヴィーア曲集を学習していることが望ましいです。特に中間部の多声的な書法や、両手の独立性をコントロールする上で、バッハの経験が非常に役立ちます。
ショパン:
ショパンの「幻想即興曲」や、エチュードOp.10-12「革命」といった、ある程度の難易度と持久力が求められる曲を経験していると、この「トッカータ」の持つ体力的な要求にも対応しやすくなります。
参考としてこちらの記事も紹介しますね。
「トッカータ」の技術的な難所トップ3
この曲には数多くの難所が存在しますが、特に多くの学習者が壁にぶつかるポイントを3つ挙げます。
- 容赦ない同音連打とオクターブの連続
冒頭から最後まで、執拗なまでに同音連打が登場します。これを力任せに弾くと、すぐに腕が疲れて動かなくなってしまうことに。指の瞬発力はもちろん、手首や腕の力を完全に抜いて、ピアノの鍵盤の反発力を利用する高度な脱力奏法が不可欠です。また、クライマックスのオクターブ奏も、正確性と持久力の両方が試されます。 - 複雑なリズムと変拍子
ハチャトゥリアンの特徴である民族的なリズムは、非常に複雑。楽譜通りに弾くだけでなく、その奥にある躍動感や「グルーヴ」を表現しなければなりません。特に中間部から再現部にかけての変拍子は、正確なカウント能力と内的なリズム感がなければ、音楽が崩壊につながることも。 - 高速での幅広い跳躍と和音の連打
左手はベース音と和音の間を高速で行き来し、右手も鍵盤の端から端まで駆け巡ります。これらの跳躍をミスなく、かつ音楽の流れを止めずに演奏するのは至難の業です(激ムズ要素あり)。また、両手で分厚い和音を連続して叩きつける部分は、正確に和音を掴む能力と、強靭な打鍵が求められます。
「トッカータ」の弾き方のポイント・コツ3つ
出典:YouTube
この超絶技巧曲を攻略するための、具体的な練習のヒントを3つご紹介します。
1. 手首・腕の使い方をマスターする
この曲で最も重要なのが「脱力」です。力で弾こうとすると、100%腕を痛めます。
- 同音連打の練習: 指先だけで弾こうとせず、手首の回転を使いましょう。ドアをノックするような、軽やかなスナップを意識します。指は3-2-1や4-3-2-1など、弾きやすい指使いを研究し、固定することが大切です。
- 重力奏法を意識: 鍵盤を「叩く」のではなく、腕の重みをスッと「落とす」感覚です。打鍵の瞬間以外は、肩・肘・手首が常にリラックスしている状態を保ちましょう。非常にゆっくりなテンポで、一音一音、重みを乗せては抜く、という練習を繰り返してください。
2. リズムを分解し、身体で覚える
複雑なリズムは、頭で理解するだけでは不十分です。身体に覚え込ませる必要があります。
- 声に出してリズムを読む: まずはピアノを弾かずに、楽譜を見ながら「タタタ」「タンタ」など、声に出してリズムを読んでみましょう。
- メトロノームは必須: 必ず非常にゆっくりなテンポから始め、正確に弾けるようになったら少しずつ上げていきます。焦りは禁物です。
- 部分練習の徹底: リズムが難しい箇所は、1小節、あるいは数拍単位で取り出し、完璧になるまで何度も反復練習します。その後、前後の小節と繋げていくのが効果的です。
3. 中間部の「歌」と両手のバランスを設計する
激しい部分との対比が命の中間部は、全く別のアプローチが必要です。
- 左手はピアニッシモで: 左手のアルペジオは、あくまでメロディーを支える背景です。ささやくように、霧がかかったように、pp(ピアニシモ)で弾くことを意識してください。右手のメロディーが際立ち、美しい立体感が生まれます。
- 響きのブレンド: 右手と左手、そしてペダル。この3つの要素が溶け合って初めて、中間部の幻想的な響きが生まれます。自分の出す音をよく聴き、それぞれの音量バランスを繊細にコントロールしましょう。
ハチャトゥリアン「トッカータ」の楽譜紹介
最後に楽譜紹介でしめくくりたいと思います。
この名曲に挑戦したくなったら、まずは楽譜を手に入れましょう。
【無料】IMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト)にはありません
クラシック音楽を学ぶ人にとって必須のサイトが「IMSLP」です。著作権が切れた世界中の楽譜がPDFで無料公開されています。
しか〜し!ハチャトゥリアンの著作権はまだ切れていないため、残念ながら無料楽譜はありません。
【有料】おすすめの市販楽譜
その代わり、全音版の楽譜を紹介しますね。日本で購入できる楽譜で、一番お手頃だと思います。
>>アマゾン:ハチャトゥリャン ピアノのためのトッカータ(全音)
ハチャトゥリアン「トッカータ」の難易度解説:まとめ
この記事では、ハチャトゥリアンの超絶技巧曲「トッカータ」について、その難易度と攻略法を詳しく解説してきました。
- 楽曲: アルメニアの民族音楽とクラシックが融合した、情熱的でダイナミックな名曲。
- 難易度: 上級レベル。ソナチネ修了以上の技術と表現力が必須。
- 技術的課題: 高速の同音連打、複雑なリズム、広い跳躍など、総合的なピアノテクニックが試される。
- 弾き方のコツ: 何よりも「脱力」。そして「正確なリズム練習」と「中間部の歌心」が鍵。
- 挑戦の価値: 非常に難易度が高いが、弾きこなせた時の達成感と聴衆に与えるインパクトは絶大。
ハチャトゥリアンの「トッカータ」は、あなたのピアノ技術と音楽性を飛躍的に向上させてくれる、挑戦しがいのある素晴らしい作品です。プロの演奏に圧倒されるかもしれませんが、正しい練習を根気強く続ければ、必ずあなたのレパートリーに加えることができます。
ぜひ、この燃えるような情熱的な音楽に挑戦してみてください!