この記事では、新ウィーン楽派を代表する作曲家アルバン・ベルクを紹介します。
「無調音楽」「十二音技法」…20世紀のクラシック音楽に登場したこれらの言葉に、どこか「難しそう」「冷たい」「数学的」というイメージを持つ人が多いと思います。
そのイメージを鮮やかに覆し、革新的な手法の中にも人間の熱い感情を注ぎ込んだのが、オーストリアの作曲家アルバン・ベルクです。
彼は、師であるシェーンベルクが創始した前衛的な技法を用いながらも、その音楽の根底には常に人間の魂の叫びや深い愛情を宿し続けた「最後のロマン主義者」でした。
記事の前半では、ベルクの生涯やエピソードを紹介し、記事の後半では心を揺さぶる代表曲を分かりやすくご紹介します。
動画付きなので、ぜひご視聴くださいね!
筆者は、3歳からピアノを開始。紆余曲折を経て、かれこれ30年以上ピアノに触れています。音大には行っておらず、なぜか哲学で修士号というナゾの人生です。
アルバン・ベルクとは?新ウィーン楽派の「ロマン派」

まずは、ベルクがどのような人物だったのか、基本的なプロフィールから見ていきましょう。
項目 | 内容 |
---|---|
フルネーム | アルバン・マリア・ヨハネス・ベルク |
生没年 | 1885年 – 1935年 |
出身 | オーストリア・ウィーン |
所属 | 新ウィーン楽派 |
師 | アルノルト・シェーンベルク |
代表作 | オペラ『ヴォツェック』、ヴァイオリン協奏曲 |
新ウィーン楽派とは?シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンの関係
「そもそも新ウィーン楽派ってなに?」という方のために、ざっくりと解説しますね。
新ウィーン楽派とは、師であるアルノルト・シェーンベルクと、その二人の弟子、アルバン・ベルクとアントン・ヴェーベルンの3人を指すのが一般的です。
彼らは、長調や短調といった従来の調性システム(中心となる音があり、そこから外れると不協和に聴こえる仕組み)から離れた「無調音楽」や、1オクターブ内の12の音を序列なく平等に扱う「十二音技法」を推し進めました。
しかし、同じ技法を使いながらも、3人の作風は全く異なるところが面白いところ。特にベルクは、革新的な作曲法をあくまで表現の「手段」として捉え、その中にグスタフ・マーラーに代表される後期ロマン派のような、豊かで劇的な感情表現を持ち込みました。
そのため、新ウィーン楽派の中では最も聴きやすく、ロマンティックな作風を持つ作曲家として知られています。
3人の中では、ベルクが一番聴きやすいかもしれません。
ウィーン楽派について
「新」があるんだから「旧」もあるはず!と気づいた方、正解です。
ウィーン楽派とは、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンといった、18世紀の終わりから19世紀初めにウィーンで活躍した作曲家たちのことを指します。
アルバン・ベルクの生涯

それでは、アルバン・ベルクの生涯について、もう少し詳しく見てみましょう!
幼少期と音楽との出会い(1885年〜1904年)
アルバン・マリア・ヨハン・ベルクは、1885年2月9日、ウィーンに生まれ。中流家庭に育ち、幼少期は音楽よりも文学に強い関心を持ってたそうです。10代のころは、フーゴー・フォン・ホーフマンスタールやシェイクスピアに影響を受け、詩や物語を執筆していたと言います。
感受性豊かな少年時代を送ったベルクですが、15歳のときに父を亡くし、経済的に厳しい状況に・・・。家計を支えるために、家庭教師として働きながら暮らす中で、独学で作曲を始めました。当時は正式な音楽教育を受けておらず、和声法や楽典も独力で学んでいたと言われています。
わずか17歳で女中と恋仲になり、娘を授かったベルク。しかし、学校の卒業試験に失敗し、自殺をくわだてるなど、波乱の10代を送ったそうです。
シェーンベルクとの出会い(1904年〜1911年)
その後、なんとか学校を卒業したベルク。その後、一時は公務員に就職したものの、2年で退職し、ウィーン国立音楽院に入学します。
ベルクの転機は1904年、ウィーンでアルノルト・シェーンベルクに師事したことでした。
師としてのシェーンベルクは、ベルクの独学の限界を理解し、徹底的な作曲訓練を課したとのこと。
この時期、ベルクは対位法や構造的作曲技法を吸収しながら、自身の表現力を深めていきます。そして、ほどなくして十二音技法の基礎にもなるような、調性と無調のあいだを揺れ動くスタイルを築いていきました。
彼の初期作品《ピアノ・ソナタ》作品1(1908年完成)は、ロマン主義と表現主義のはざまで揺れる独特な作風を見せ、今日でもレパートリーとして演奏され続けています。
結婚と第一次世界大戦(1911年〜1918年)
1911年、ベルクは長年の恋人であったヘレーネ・ナーハウスと結婚。ベルクとの結婚は当初家族から猛反対を受けたものの、最終的には許されました。
1914年に第一次世界大戦が勃発すると、ベルクも徴兵され、軍務に就きます。前線ではなく、事務職としての勤務でしたが、この時期の緊張や抑圧された感情が、後の傑作《ヴォツェック》に大きな影響を与えることになったのでした。
ヘレーネ・ナーハウスは、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の子だったそうです。
オペラ《ヴォツェック》の成功(1914年〜1925年)
ベルクの名を国際的に知らしめたのが、オペラ《ヴォツェック》(1914〜1922年作曲、1925年初演)です。ドイツの作家ゲオルク・ビューヒナーによる未完の戯曲をもとに、貧しい兵士ヴォツェックの悲劇を音楽で描きました。
このオペラは、十二音技法とリート的な歌唱法、表現主義的な演出が融合した画期的な作品として評価され、1925年にベルリンで初演されると、すぐさま大きな話題に。ベルクの名声は一気に高まりました。
とはいえ、1925年に行われた初演は、大きな論争を巻き起こしたそうですよ。
晩年の傑作《ヴァイオリン協奏曲》と死(1925年〜1935年)
その後、次のオペラ《ルル》の作曲に取り組みながらも、社会的にはナチスの台頭により徐々に活動の場を失ったベルク。次第に彼の音楽は「退廃音楽」とされ、ドイツ語圏での上演機会はが減っていきます。
1935年、若くして亡くなった友人の娘、マノン・グロピウス(建築家ヴァルター・グロピウスと作家アルマ・マーラーの娘)を追悼して作曲した《ヴァイオリン協奏曲》は、彼の最後の完成作となりました。
その年の12月、ベルクは皮膚の感染症(虫さされ)から敗血症を引き起こし、50歳で急逝します。《ルル》は未完成のままとなり、後にフリードリヒ・ツェルハが補筆完成するまで待たねばなりませんでした。
アルバン・ベルクがわかる!作品の背景にあるエピソード5選

彼の音楽を深く理解するためには、その人間味あふれる生涯を知ることが欠かせません。
ここでは次の5つのエピソードを紹介します。
アルバン・ベルクのエピソード①:師シェーンベルクへの生涯にわたる献身
独学で作曲を学んでいたベルクは、19歳の時にシェーンベルクと出会い、その才能を見出されます。経済的に恵まれなかったベルクのために、シェーンベルクは無償でレッスンを行いました。ベルクは彼を単なる師としてではなく、父のように慕い、生涯にわたって深い敬愛と感謝の念を抱き続けました。その献身的な姿勢は、師の50歳の誕生日に、自作の室内協奏曲の楽譜を美しく製本して贈ったエピソードなどにも表れています。
② 秘密の恋と暗号が隠された『抒情組曲』
弦楽四重奏曲『抒情組曲』には、ベルクのある秘密の恋が隠されています。彼はプラハの実業家の妻ハンナ・フックスへ報われない想いを寄せており、そのイニシャル(Alban BergとHanna Fuchs)をドイツ音名(A-B-H-F)に置き換え、作品の中に愛の告白として巧みに忍ばせました。激しい不協和音の中に現れる官能的な響きは、彼の愛の苦悩そのものを音にした、音楽による私的な日記だったのかもしれません。
アルファベットを用いた音型として、BACH(バッハ)主題なともよく知られています。
③ オペラ史を塗り替えた衝撃作『ヴォツェック』
第一次世界大戦に従軍した経験も持つベルクは、社会の底辺で上官や医者から虐げられ、次第に精神を病んでいく一兵士の悲劇を描いたゲオルク・ビューヒナーの戯曲に衝撃を受け、オペラ化を決意します。無調という調性の束縛から解放された音楽は、登場人物たちの不安や狂気、そして絶望を、これ以上ないほど生々しく描き出しました。初演されるや否や世界中の聴衆に衝撃を与え、20世紀最高のオペラの一つとしての地位を確立しました。
④ 愛娘の死を悼むレクイエム『ヴァイオリン協奏曲』
ベルクの代表作『ヴァイオリン協奏曲』は、彼が「ある天使の思い出に」捧げた、痛ましくも美しいレクイエムです。親しくしていた建築家ヴァルター・グロピウス(アルマ・マーラーの夫)の娘マノンが、18歳の若さで亡くなったことを悼んで作曲されました。本作には、バッハのコラール『満ち足れり』の旋律が織り込まれており、天に昇る魂を慰めるかのような感動的な音楽は、多くの人々の心を捉えてやみません。
⑤ 魔性の女を描く、未完のオペラ『ルル』
『ヴォツェック』の成功の後、ベルクが心血を注いだのが、その抗いがたい魅力で次々と男たちを破滅させていく「魔性の女」ルルを主人公にしたオペラ『ルル』でした。しかし、彼は虫刺されが原因の敗血症により、この大作を完成させることなく急逝してしまいます。作品は未完のまま遺されましたが、後に補筆完成版が作られ、人間の愛とエゴ、そして業を描き切ろうとした彼の最後の挑戦の全貌が明らかになりました。
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【初心者向け】感情に訴えるアルバン・ベルクの代表曲3選
ここからは、「これは聴いておきたい!」作品を3つ紹介します。
「難しそう」という先入観を捨てて、まずはその音に耳を傾けてみてください!
アルバン・ベルクの代表曲① オペラ『ヴォツェック』
無調の音楽が、これほどまでに人間の感情をリアルに描き出せるのかと驚かされる作品。主人公ヴォツェックが聞く幻聴、恋人のマリーが抱く罪悪感、居酒屋の喧騒などが、オーケストラの響きによって聴く者の胸に直接突き刺さります。全曲を聴くのは大変かもしれませんが、マリーが殺される場面とヴォツェックが自死する場面の間で演奏される、悲痛な「第3幕への間奏曲」だけでも、このオペラの持つ劇的な力を十分に感じ取れるでしょう。
出典:YouTube
アルバン・ベルクの代表曲② ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」
「最も聴きやすい十二音音楽」とも言われる、ベルクの最高傑作の一つです。悲しみの中に息をのむほどの美しさが同居しており、無調音楽に馴染みがない方でも、その抒情的な魅力にきっと心を打たれるはずです。曲が進むにつれて次第に浄化されていくような独奏ヴァイオリンが奏でる、天に駆け上るようなパッセージは涙なしには聴けません。
出典:YouTube
アルバン・ベルクの代表曲③ 抒情組曲
ベルクの個人的な想いが色濃く反映された弦楽四重奏曲。全6楽章からなり、激しい感情の爆発から、官能的で甘美な瞬間、そして絶望的な静寂まで、まさに愛のドラマそのものです。一つ一つの不協和音や震えるようなヴィブラートが、ベルクの魂の叫びのようです。
出典:YouTube
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アルバン・ベルクの生涯:まとめ
今回は、革新的な技法の中に人間の熱い血を通わせた作曲家ベルクをご紹介しました。彼の音楽は、ただ「新しい」だけでなく、私たちの心の深い部分に直接語りかけてくる力を持っています。
今回のポイントをまとめます。
- ベルクは「新ウィーン楽派」の中で最もロマンティックで感情豊かな作風を持つ。
- オペラ『ヴォツェック』で音楽史に衝撃を与えた。
- 最愛の娘を追悼した**『ヴァイオリン協奏曲』**は、最も聴きやすく美しい十二音音楽の傑作。
- 作品に秘密のメッセージを込めるなど、人間味あふれる一面も魅力。
まずは『ヴァイオリン協奏曲』から、その美しくも哀しい世界に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。きっと、現代音楽へのイメージが変わるはずですよ!