今回はモーツァルトの最後の傑作「レクイエム」について解説しています。
この記事を読めばこんなことが理解できます。
病床の中、作曲を続けたモーツァルト。
レクイエム作曲時のモーツァルトは、かつての人気を失い金銭的にも困窮した時代でした。
そんな彼の最後の作品「レクイエム」とはどんな作品だったのでしょうか。
記事の前半では「レクイエムの構成や作曲の経緯」を解説し、後半では「レクイエムの歌詞」や「他の作曲家との比較」も解説します。

『レクイエム』とは?
レクイエム(Requiem)とは、カトリック教会のミサ曲の一種で「死者のためのミサ曲」を意味します。
ラテン語の「安息」という言葉に由来しており、亡くなった人の魂の安らかな眠りを祈る音楽です。
モーツァルトの「レクイエム K.626」は、彼の最後の作品として知られ、完成を見ることなく1791年に35歳という若さで亡くなりました。
神秘的な依頼の経緯や未完のまま残された楽譜など、多くの謎を秘めた作品として音楽史に大きな足跡を残しています。
独特の暗く厳かな雰囲気と、モーツァルト特有の美しい旋律が織りなす傑作です。
モーツァルト以外にもさまざまな作曲家がレクイエムを残しています。
作曲の経緯(謎の依頼者、モーツァルトの体調悪化)
1791年7月、モーツァルトのもとに一通の手紙が届きました。
差出人は名乗らず、黒装束の謎の使者によって届けられたレクイエム作曲の依頼でした。
後に判明したのは、依頼者がフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵で、亡くなった妻の追悼のために匿名で注文していたことです。
この神秘的な依頼が、モーツァルトにとって不吉な前兆のように感じられたようで「自分の死のためのレクイエムを書いている」と周囲に漏らすこともあったそう。
当時すでに健康状態が悪化していたモーツァルトは、オペラ「魔笛」の作曲・初演と並行してレクイエムに取り組みました。
しかし症状は悪化の一途をたどり、床に臥せったまま作曲を続ける日々が続きます。
その後11月には高熱と腫れに襲われ、12月5日、レクイエムを完成させることなく息を引き取りました。
オペラ「魔笛」の初演から、およそ2ヶ月後のことでした。
ヴァルゼック伯爵は、このレクイエムを「自身による作曲」としたかったとのこと。しかし、モーツァルトの妻コンスタンツェにより、その計画は失敗に終わりました。
モーツァルトの生涯についてはこちらが参考になりますよ。
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モーツァルト作曲部分と補筆部分
ここでは以下の3点について解説します。1つずつ見てみましょう。
1つずつ見てみましょう。
どこまでがモーツァルトの作曲?
モーツァルトが実際に書き上げた部分は実は限定的です。
最初の「入祭唱(Requiem aeternam)」と「キリエ(Kyrie)」は完全に彼の手によるものだとされています。
続く「怒りの日(Dies irae)」から「涙の日(Lacrimosa)」の途中(8小節目)までは、メロディーラインと低音部が書かれていましたが、オーケストレーションは未完でした。
「オッフェルトリウム」の2曲は構想段階で、以降はほとんど手付かずだったそうです。
モーツァルトの死後、未亡人コンスタンツェは報酬を得るために作品を完成させる必要があったため、まず弟子のアイブラーに補筆を依頼。
しかし彼が辞退したため、弟子フランツ・クサヴァー・ジュスマイヤーに完成を託しました。
モーツァルトの「レクイエム」:構成
第2曲・3曲・8曲がとくに有名です。
全体の演奏時間はおよそ1時間。
イントロイトゥス【入祭唱】
・第1曲 レクイエム・エテルナム【永遠の安息を】
・第2曲 キリエ【憐れみの賛歌】
セクエンツィア【続唱】
・第3曲 ディエス・イレ【怒りの日】
・第4曲 トゥーバ・ミルム【奇しきラッパの響き】
・第5曲 レックス・トレメンデ【恐るべき御稜威の王】
・第6曲 レコルダーレ【思い出したまえ】
・第7曲 コンフターティス【呪われ退けられし者達が】
・第8曲ラクリモーサ【涙の日】
オッフェルトリウム【奉献文】
・第9曲 ドミネ・イエス【主イエス】
・第10曲 オスティアス【賛美の生け贄】
サンクトゥス【聖なるかな】
・第11曲 サンクトゥス【聖なるかな】
・第12曲 ベネディクトゥス【祝福された者】
アニュス・デイ【神の小羊】
・第13曲 アニュス・デイ【神の子羊】
コムニオ【聖体拝領唱】
・第14曲 ルックス・エテルナ【永遠の光】

弟子ジュスマイヤーによる補筆(どこを補ったのか?論争がある)
ジュスマイヤーは、モーツァルトの遺した楽譜に加え、口頭の指示を頼りに作品を完成させました。
そしてジュスマイヤーは「ラクリモーサ」の続きを作曲。
続いて「サンクトゥス」「ベネディクトゥス」「アニュス・デイ」を追加します。
最後に「入祭唱」の音楽を再現して「永遠の光を(Lux aeterna)」として構成しました。
ただし、どこからがモーツァルトの着想で、どこからがジュスマイヤーのオリジナルなのかについては、現在も音楽学者の間で論争が続いています。
モーツァルトが残したスケッチや下書きがあったとも言われていますが、それらの多くは失われています。
モーツァルトは最初から順番に作曲していたのではなく、ところどころスケッチを書きながら全体像を仕上げようとしていたわけですね。
補完版の違い
現在では、ジュスマイヤー版以外にもいくつかの補完版が存在します。
1960年代以降、モーツァルト研究が進むにつれ、より「モーツァルトらしい」補完を目指した版が登場したわけです。
リヒャルト・マウンダー版(1986年)は、ジュスマイヤーが作曲した部分を大幅に書き換え、モーツァルトのスタイルに近づけようとしています。
また、ロバート・レヴィン版(1991年)は、モーツァルトの対位法技法を忠実に再現した補完版として知られています。
さらに、ダンカン・ドゥルース版(1993年)も学術的なアプローチで注目を集めました。
現在もレクイエムの研究は続けられています。
日本人音楽家・鈴木優人(まさと)氏も2013年に補筆版を発表しました。
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モーツァルトの「レクイエム」にまつわるエピソード
本作にまつわるエピソードを3つ紹介します。
それぞれ詳しく見てみましょう。
ショパンの葬儀でも演奏された
1849年、パリでのフレデリック・ショパンの葬儀では、彼自身の遺言によりモーツァルトのレクイエムが演奏されました。ショパンはモーツァルトを深く敬愛しており、特にこのレクイエムに強い思い入れを持っていたのです。
マドレーヌ寺院で行われた葬儀では、当時のパリ音楽院の最高の歌手たちが集められ、荘厳な雰囲気の中で演奏されたといいます。
映画「アマデウス」のシーンはフィクション?
1984年の映画「アマデウス」では、病床のモーツァルトが宿敵サリエリに口述でレクイエムを作曲するシーンが印象的に描かれています。
ですが、これは史実ではなく映画版の演出です。
実際にサリエリがモーツァルトのレクイエム作曲に関わった証拠はなく、それどころか、二人はライバル関係でさえなかったと言われています。
とはいえ、この映画がモーツァルトの人物像に新しいイメージを加え、多くの人々の関心を集めたことは間違いありません。サリエリについてはこちらを参考にしてください。
「ラクリモーサ」の8小節目で力尽きる
モーツァルトが最後に書いたのは「ラクリモーサ」の8小節目だったと伝えられています。
「涙の日に罪ある者は灰の中から裁きを受けるために立ち上がる」という歌詞に合わせた音楽で、まるで、モーツァルト自身の魂の叫びのような深い悲しみが込められているかのようです。
そこから、師の意図を汲んだジュスマイヤーが引き継ぎます。
この8小節目で一瞬演奏を止めることで、モーツァルトの最後の音符に敬意を表す指揮者もいます(めったにないですが)。
モーツァルトが息を引き取った「ラクリモーサ」を聴いてみましょう!
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モーツァルトのレクイエムは、壮大な構成と鮮明な感情表現が特徴。
各楽章には独特の魅力があり、モーツァルト自身の手によるものと弟子の補筆部分とでは微妙な違いが感じられます。
ここでは重要な楽章について、その音楽的特徴と聴きどころを紹介します。
モーツァルトが描いた死と救済への祈りが、どのように音楽として表現されているのかを想像しながら聴いてみてください。
モーツァルト作曲部分
入祭唱(Requiem aeternam)
出典:YouTube
静謐で厳かな雰囲気から始まる入祭唱。
ここは完全にモーツァルトの手によるものです。
弦楽器の低音から始まる導入は、まるで深い闇から光へと向かうような印象を与えます。
キリエ(Kyrie)
フーガ形式で書かれたキリエは、モーツァルトの対位法技術の粋を集めたような力強い音楽です。「キリエ・エレイソン(主よ、憐れみたまえ)」という短いテキストに複雑な音楽構造を与えており、バッハの影響を強く感じさせます。
出典:YouTube
怒りの日(Dies irae)
出典:YouTube
荒々しく激しい旋律が特徴的なこの楽章は、映画やテレビドラマでも頻繁に使用される有名な部分です。
「怒りの日、その日は世界を灰にして崩壊させる」という黙示録的な歌詞に合わせて、オーケストラとコーラスが迫力ある音楽を奏でます。特にティンパニの激しいリズムと弦楽器の躍動的な動きが、最後の審判の恐ろしさを見事に表現しています。
ラクリモーサ(Lacrimosa)
出典:YouTube
モーツァルトの筆が途絶えたとされる有名な楽章です。わずか8小節を書いただけですが、その短い断片には深い悲しみと諦念が込められています。
弦楽器の波打つような伴奏の上に、コーラスが「涙の日」と歌い始めるこの部分は、レクイエム全体の中でも最も感動的な瞬間の一つ。
モーツァルトの作曲した8小節目までは特に美しく、その後ジュスマイヤーが補った部分も、師の意図を汲んだ見事な仕上がりになっています。
ラクリモーサとはラテン語で「泣く」を意味します。このテーマは聖母マリアの「悲しみの聖母」に由来するものです。
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ジュスマイヤー補作部分
サンクトゥス(Sanctus)以降
「サンクトゥス(聖なるかな)」以降の楽章は、ほぼジュスマイヤーによる補作です。モーツァルトのスケッチや口頭での指示を基に書かれたと言われていますが、音楽的にはやや単純な構成になっている部分も見られます。
とくに「ベネディクトゥス(祝福あれ)」では、美しい独唱四重奏と弦楽器の対話が印象的ですが、モーツァルト特有の複雑な和声進行は少なくなっています。
モーツァルトの「レクイエム」:歌詞を紹介(読み方付き)
上述したように、レクイエムの歌詞はカトリック教会の典礼に基づくラテン語のテキストです。
そのため、歌詞の意味を理解することで、音楽の理解もさらに深まるはずです。
ここでは、特に重要な3つの部分について、それぞれ冒頭部分を紹介します。
「入祭唱(Requiem aeternam)」
ラテン語: Requiem ・aeternam・ dona ・eis, Domine, et ・lux ・perpetua・ luceat・ eis.
読み方 : レクイエム・アエテルナム・ドナ・エイス・ドミネ、エト・ルックス・ペルペトゥア・ルチェアト・エイス
意味: 永遠の安息を彼らに与えたまえ、主よ、そして永遠の光が彼らを照らしますように
この冒頭部分は、レクイエムの中核となる祈りです。
亡くなった人の魂が安らかに眠り、天国の光に包まれることを願う美しい言葉で、モーツァルトはこれを厳(おごそ)かで暗く、それでいて希望を感じさせる音楽で表現しています。
「怒りの日(Dies irae)」
ラテン語: Dies ・irae, dies ・illa, solvet・ saeclum ・in ・favilla, teste ・David ・cum ・Sibylla.
読み方: ディエス・イレ、ディエス・イラ、ソルヴェト・セクルム・イン・ファヴィラ、テステ・ダヴィド・クム・シビラ
意味: 怒りの日、その日、世界は灰となって崩れ去る、ダヴィデとシビラの預言のとおりに
「怒りの日」とは13世紀に書かれた中世の詩で、最後の審判の恐ろしさを生々しく描写したもの。モーツァルトはこの詩に激しく荒々しい音楽をつけ、特にティンパニと弦楽器の使い方で審判の恐怖を表現しました。死後の裁きを恐れる中世の人々の感情を現代に伝える強烈な音楽です。
「涙の日(Lacrimosa)」
ラテン語: Lacrimosa・ dies・ illa, qua ・resurget ・ex ・favilla, judicandus ・homo・ reus.
読み方: ラクリモーサ・ディエス・イラ、クァ・レスルゲト・エクス・ファヴィラ、ユディカンドゥス・ホモ・レウス
意味: 涙の日、その日、罪ある人間は灰の中から甦り、裁きを受ける
「涙の日」は「怒りの日」の続きとなる詩で、裁きの日の悲しみを表現しています。
モーツァルトがこの部分に与えた音楽は特に感動的で、弦楽器の波打つような伴奏の上に、コーラスが徐々に高まりながら悲しみを表現します。
モーツァルトの筆が止まったとされる8小節目までは特に美しく、死を目前にしたモーツァルト自身の心情が、強く表れているようです。
「主イエスよ(Domine Jesu)」
ラテン語: Domine ・Jesu ・Christe, Rex ・gloriae, libera・ animas・ omnium ・fidelium defunctorum ・de・ poenis ・inferni・ et・ de・ profundo ・lacu.
読み方: ドミネ・イェズ・クリステ、レックス・グロリアエ、リベラ・アニマス・オムニウム・フィデリウム・デフンクトールム・デ・ポエニス・インフェルニ・エト・デ・プロフンド・ラク
意味: 主イエス・キリスト、栄光の王よ、すべての亡くなった信者たちの魂を、地獄の苦しみと深い穴から解放してください
このオッフェルトリウム(奉献唱)の部分では、亡くなった人の魂が地獄に落ちないよう守ってほしいという切実な祈りが表現されています。
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他の作曲家のレクイエムも聴いてみよう!
モーツァルトのレクイエムは最も有名なものの一つですが、歴史上、多くの作曲家がレクイエムを作曲しています。時代や国が違えば、同じ「死者のためのミサ曲」でも表現方法は大きく異なります。
ここではモーツァルト以外の4つのレクイエムを見てみましょう。
ラッソのレクイエム
出典:YouTube
オルランド・ディ・ラッソ(1532-1594)のレクイエムは、ルネサンス音楽の特徴である透明感のある声楽曲です。楽器を使わず、人間の声だけで構成された純粋なポリフォニー(多声音楽)が特徴。
モーツァルトよりも200年以上前の作品ですが、その厳格な対位法と荘厳な雰囲気は時代を超えて心に響きます。個人的にかなり聴き込みました。
ヴェルディのレクイエム
ヴェルディ「レクエイム」より「怒りの日」:出典:YouTube
ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)のレクイエムは、劇的な表現が特徴。
とくに「怒りの日(Dies irae)」の激しさは他に類を見ないほど。
大規模な合唱と管弦楽を用い、まるで音楽による最後の審判の描写のような壮大さがあります。
モーツァルトが宗教的な厳格さを保ちながらも音楽的美しさを追求したのに対し、ヴェルディは人間的な感情表現を前面に出した、より劇的なアプローチをとっています。
フォーレのレクイエム
出典:YouTube
ガブリエル・フォーレ(1845-1924)のレクイエムは、死を恐怖ではなく「安らぎ」として捉えた独特の作品です。
伝統的なミサ曲の「怒りの日」を省略し、代わりに「天国へ(In Paradisum)」という平安に満ちた楽章を加えました。フランス的な洗練された和声と穏やかな旋律が特徴で、モーツァルトの劇的な表現とは対照的に、死後の世界を静かな光に満ちた場所として描いています。現代人の感覚にも合う、優しさと透明感のある音楽です。
ブラームスのレクイエム
出典:YouTube
ヨハネス・ブラームス(1833-1897)の「ドイツ・レクイエム」は、伝統的なラテン語の典礼文ではなく、ドイツ語の聖書の言葉を用いた独創的な作品。
厳密には「レクイエム」ではなく「人間のためのレクイエム」と呼ばれることもあります。
モーツァルトが神への祈りを中心に置いたのに対し、ブラームスは人間の悲しみと慰めという人間的な側面を強調しています。

モーツァルトの「レクイエム」:楽譜紹介
最後にモーツァルト「レクイエム」のおすすめ楽譜を紹介します。
楽譜を見てみたい方は、とりあえず以下の3つの中から選んでみてください!
モーツァルト: レクイエム ニ短調 KV 626 (混声四部合唱) (ラテン語) /原典版/ノヴァーク編: ヴォーカル・スコア/ベーレンライター社

モーツァルト: レクイエム ニ短調 KV 626 (混声四部合唱) (ラテン語) /原典版/ノヴァーク編

モーツァルト レクイエム K.626


モーツァルトのレクイエム:まとめ
今回はモーツァルト最後の大作「レクイエム」を解説しました。
この作品を最後にモーツァルトがこの世を去ったと思うと、感慨深いものがありますね。
演奏家によって表現はさまざまなので、ぜひこの記事を参考にして、モーツァルトの「レクイエム」を聴き比べてみてはいかがでしょうか。
あらためて今回の記事をまとめます。