この記事ではジャコモ・プッチーニの最高傑作の1つ『蝶々夫人』を紹介します。
プッチーは数々の名作オペラ作品を作曲していますが、
そのなかでも『蝶々夫人』は現代でも屈指の人気を誇る名作です。
また本作は明治時代の日本を舞台にしており、
日本人としてはぜひ知っておきたい作品でもあります。
そこで本記事では、『蝶々夫人』の大まかなあらすじや時代背景、
有名アリアなどを紹介します。
今回もいつもの通りざっくり解説なので、
ぜひ最後まで読んで参考にしてください!
なお、後半では舞台当時の日本の文化的・歴史的背景にも触れています。
歴史に関心のある方はぜひ最後までご一読ください。
プッチーニの生涯についてはコチラ。
また、オペラ作品については👇の記事で紹介しています。
オペラ『蝶々夫人』の解説
現代でも世界的人気を誇る『蝶々夫人』ですが、
日本人である私たちは意外にも、作品の経緯や内容についてご存じない方も多いのではないでしょうか。
『蝶々夫人』の作曲経緯や原作について
明治時代の日本が舞台と聞くと「原作は日本文学?」と思われる方も多と思います。
ところが本作『蝶々夫人』はイタリア人の台本作家ルイジ・イリカとジュゼッペ・ジャコーザの2人による台本を基とし、プッチーニにより音楽が作曲されました。
台本はジョン・ルーサー・ロングの短編小説『蝶々夫人』を採用。
ロング自身も、姉から聞いた東洋の話やピエール・ロティの自伝小説『マダム・クリサンテーム(お菊さん)』という作品にインスピレーションを受けたそうです(ややこしい)。
ちなみに、ロティはフランス海軍士官であり、
世界中を旅した経験を基に『マダム・クリサンテーム』を執筆しています。
そのため、オペラ『蝶々夫人』は当時の「海外から見た日本」という意味においても、
じつに興味深い作品と言えるでしょう。
その後1900年、
ロンドンにてデーヴィッド・ベラスコの戯曲「蝶々夫人」を見て感動したプッチーニは、
オペラ化することを思い立ち作曲を開始します。
ややこしい『蝶々夫人』
つまり、蝶々夫人には3つの作品があるということです。
1・ジョン・ルーサー・ロングの短編小説『蝶々夫人』
2・デーヴィッド・ベラスコの戯曲『蝶々夫人』
3・プッチーニのオペラ『蝶々夫人』
『蝶々夫人』の初演はどうだった?
本作の初演は19世紀末の1904年。
イタリア・ミラノのスカラ座にて上演されました。
配役には著名な歌手達が主役を務めたことから、
さぞかし大成功かと思いきや・・・。
意外にも観客のウケは芳しくなかったとのこと。
というのも、プッチーニの作曲が後手後手に周り、
十分なリハーサルができなかったのが大きな理由だそうです。
また、第2幕が1時間半を超す長丁場だったことや、
当時のイタリア人にとって、日本は文化も時代背景もよく知られておらず、
内容を理解できなかったことも失敗の理由と考えられています。
渾身の出来に満足していたプッチーニにとって、
初演の不評は大きな失望を招きました。
しかしこの失敗がブラッシュ・アップのきっかけとなり、
最終的に6回の改訂を経て、
現在上演されている決定版が完成します。
『蝶々夫人』のあらすじ
オペラは全3幕、2時間30分ほどの上演時間です。オペラ作品の中ではそれほど長編ではありませんが、全体のあらすじを掴むのは結構大変です。
そんな方のために、ここでは『蝶々夫人』の簡単なあらすじを見てみましょう。
とその前に、まずは登場人物の紹介です。
『蝶々夫人』のおもな登場人物
・ケイト・ピンカートン(ベンジャミンのアメリカの妻・メゾソプラノ)
・スズキ(メゾソプラノ)
・ボンゾ(蝶々夫人のおじ・バス)
・ヤマドリ公爵(テノール)
・ゴロー(テノール)
そのほか、蝶々夫人の母親、いとこ、おば、娘などが登場します。
第1幕
1904年、長崎の丘の上にある日本家屋が舞台。
アメリカ海軍中尉B.F.ピンカートンは、結婚仲介人ゴローの案内でこの家を見学しています。
ピンカートンは999年契約でこの家を借りるものの、毎月解約可能であることが条項。
アメリカ領事シャープレスが到着すると、ピンカートンは結婚の計画を明かす。
相手は15歳の芸者、蝶々さん。
シャープレスは蝶々さんの純粋な愛情を察し、ピンカートンに慎重を促すものの、ピンカートンは軽く受け流し、アメリカに帰ったら「本物の」アメリカ人女性と結婚すると語ります。
蝶々さんが親戚たちと共に到着する。
彼女はピンカートンに、自分が貧しい家の出で芸者になるしかなかったことを語り、
キリスト教に改宗したことも明かします。
やがて結婚式が始まりますが、途中で蝶々さんの叔父である僧侶が登場し、
彼女の改宗を非難。親族たちは蝶々さんを勘当してしまった。
動揺する蝶々さんをピンカートンは慰め、二人は愛を誓い合って幕を閉じるのでした。
第2幕
第1場
それから3年後の初夏。舞台は蝶々さんの家の内部に変わります。
家では家政婦のスズキが仏壇の前で祈るシーン。
蝶々さんは、アメリカに戻ったピンカートンの帰りを、息子と共に忠実に待ち続けている。
スズキは、もうお金も底をつき、ピンカートンが戻ってこないのではないかと心配するが、
蝶々さんは彼の帰還を疑いません。
やがてシャープレス領事が訪れ、ピンカートンからの手紙を読み上げようとします。
しかし、手紙の内容はピンカートンが蝶々さんのことを忘れ、
アメリカ人女性と結婚したというもの。
そのため、蝶々さんの熱心な様子に躊躇し、最後まで読むことができません・・・。
そこへ、蝶々さんに求婚しようとする金持ちの山崎が現れる。
ゴローが仲介しようとするが、蝶々さんは断固として拒否。
その後、シャープレスは蝶々さんに再婚を勧めるが、
彼女は息子の存在を明かし、ピンカートンへの忠誠を示すのでした。
第2場
突如、港に軍艦が入港する汽笛が鳴り響く。
望遠鏡で確認すると、それはピンカートンの乗る船「エイブラハム・リンカーン号」でした。
喜びに満ちた蝶々さんは家中に花を飾り、晴れ着に着替えて待ちます。
しかし、夜が更けても現れないピンカートン。
蝶々さんは息子とスズキと共に、「ある晴れた日に」というアリアを歌いながら、
明け方まで待ち続けるのでした。
第3幕
翌朝、疲れ果てた蝶々さんは休むよう促されます。
スズキが家の外で話し声を聞き、ピンカートン、シャープレス、
そしてピンカートンの新しい妻ケイトが来ていることを知る。
ピンカートンは過去の過ちを恥じ、蝶々さんと対面する勇気がなく、
すぐに立ち去ってしまいます。
スズキがケイトに事情を説明する間、シャープレスは蝶々さんの息子の将来について相談する。
目覚めた蝶々さんは真実を知り、深い絶望に陥ることに・・・。
しかし、息子の将来を考え、ケイトに息子を託すことを決意。
最後の別れを息子に告げた後、蝶々さんは父の形見の短刀で自害してしまいます。
瀕死の蝶々さんのもとにピンカートンが駆けつけるが、時すでに遅し。
蝶々さんは「名誉を失うくらいなら死んだ方がましだ」という父の教えを守り、
ピンカートンの名を呼びながら息を引き取る。悲劇的な結末と共に幕が下りるのでした。
『蝶々夫人』と日本の時代背景
ここからは『蝶々夫人』からほんの少し離れて、
舞台となった当時の日本の時代背景を紹介します。
現在とはまったく異なる状況ながらも、
作品の美しさが現代にも通じるところが興味深いですね。
・開国と西洋化の時代背景
急速な近代化への道のり
1854年の開国以降、日本は驚くべき速さで近代化を進めていきました。
伝統的な和服から洋装へ、木造建築から煉瓦造りへ、そして教育制度までもが大きく変容した時代です。
また、激動の時代において、人々は新しい価値観と古い伝統の間で揺れ動く時代でもありました。
文化的価値観の衝突
特に顕著だったのは、日本の伝統的な価値観と西洋的な考え方の衝突です。
「蝶々夫人」の主人公・蝶々さんとピンカートンの関係は、まさにこの文化的衝突を象徴的に表現していると言えるでしょう。
日本人の「義理」「人情」という概念は、
契約を重視する西洋的な考え方とは相容れないものでした。
日本人にとってはたとえ「口約束」でも大切な約束ですが、
西洋の価値観では「契約」が全てなわけです(現代でもそうですね)。
社会構造の大転換
明治維新による身分制度の廃絶も、社会全体に大きな影響を与えました。
かつての武士階級の多くが経済的困窮に直面したことは、
蝶々さんの家族背景にも、そうした時代の影が色濃く表れています。
そして新しい社会秩序の形成過程で、多くの人々が従来の地位や権威を失っていきます。
日米関係の複雑性
開国後の日米関係は、表面的な友好関係の裏に、多くのな軋轢を抱えていました。
横浜や長崎といった開港場では、米国海軍将校の姿が日常的となり、それは時に日本人女性との関係構築にもつながりました。
しかし、その多くは「蝶々夫人」が描くように、文化的な誤解や齟齬を内包しているものでした。
不平等条約がもたらした影響
当時の日本は、治外法権や関税自主権の欠如など、不平等な立場を強いられていました。
外国人居留地の存在は、日本人と外国人の間に物理的・心理的な境界線を引き、
それは「蝶々夫人」における異文化間の断絶を如実に表しています。
明治時代の女性の地位と結婚事情 芸者文化の実態と誤解
明治時代の芸者は、単なる接待役ではなく、高度な教養と芸術性を備えた文化の担い手でした。お茶、生け花、日本舞踊、三味線など、様々な伝統芸能に精通していただけでなく、知的な会話もできる教養人でもあったわけです(現在でも同じです)。
しかし、来日した西洋人たちは、この独特の文化を理解できず、しばしば誤った解釈をしていました。「蝶々夫人」にも、この文化的な誤解が色濃く反映されています。
国際結婚という選択
明治時代の国際結婚は、法的にも社会的にも非常に複雑な問題をはらんでいました。
当時の日本人女性が外国人と結婚する場合、多くは一時的な「契約結婚」として扱われ、
正式な婚姻関係として認められることは稀だったそうです。
また、異なる文化背景から生じる価値観の違いは、
多くのカップルに深刻な問題をもたらしました。
女性の権利と親権問題
明治民法下では、女性の権利は著しく制限されていたのは、ご存じの方も多いと思います。
特に離婚時の親権は、原則として父親に帰属するとされ、母親が子どもの養育権を得ることは極めて困難でした。
この法的・社会的背景は、「蝶々夫人」における母子の悲劇的な運命を強く規定しています。
当時の女性の権利については、平塚らいちょうなんかを読むと面白いかもしれません。
宗教と精神文化の様相:信仰の交錯する時代
明治時代は、伝統的な神道・仏教と、新たに入ってきたキリスト教が交錯する時代でした。
多くの日本人は、依然として仏教や神道の価値観を保持しながらも、キリスト教への関心や改宗の動きも見られました。
「蝶々夫人」における主人公の改宗は、この時代の宗教的な流動性を象徴的に表現しています。
武士道精神の変容
切腹という行為は、単なる自死ではなく、武士階級における最高の名誉の表現でした。
明治時代に入っても、この名誉の概念は日本人の精神性の中に深く根付いていました。
蝶々さんの最期に見られる覚悟と潔さは、まさにこの武士道精神の表れと言えるでしょう。
とはいえ、当時の西洋人がどれほど「武士道」を理解していたかは、わかりませんが・・・。
原文はちょっと難しいので、現代語訳でどうぞ。
西洋からみた日本像の形成:ジャポニスムの開花
19世紀後半、西洋では日本の美術や文化への関心が爆発的に高まりました。
浮世絵は印象派の画家たちに大きな影響を与え、日本の工芸品は上流社会で珍重されました。「蝶々夫人」の舞台設定や衣装にも、この時代のジャポニスムの影響が色濃く表れています。
ジャポニズムの影響はドビュッシーの作品にも見られますね。
オリエンタリズムの眼差し
西洋人の日本観には、現実とは異なる理想化された「東洋」のイメージが投影されていました。神秘的で異国情緒あふれる日本像は、必ずしも実態を反映したものではありませんでした。「蝶々夫人」にも、この西洋的な空想の日本イメージが随所に見られます。
『蝶々夫人』の有名アリア
稀代のメロディー・メーカーだったプッチーニ。
本作『蝶々夫人』にも美しい音楽が満載です。
そんななかでも、とりわけ有名なのアリアが👆に紹介した『ある晴れた日に』です。
クラシック音楽を普段聴かない方でも一度は聴いたことがあるのではないでしょうか。
そのほかにも、第1幕で歌われる2重唱『可愛がってくださいね』、
第3幕の『蝶々さんの死』が有名です。
「オペラ全編を見るのはちょっと大変」
という方は、美しいアリアだけでも聴いてみると良いですよ!
蝶々夫人第1幕より「可愛がってくださいね」
蝶々夫人第3幕より『蝶々さんの死』
『蝶々夫人』フルバージョン(対訳なし)
『蝶々夫人』の上演予定
最後に今後の日本での上演予定を紹介します。
リサーチしてみたところ、来年(2025年)に上野の東京文化会館で開催される
「東京・春・音楽祭」で『蝶々夫人』が上演されるとのこと。
日程:2025年4月10日 [木] 15:00開演(14:00開場)
2025年4月13日 [日] 15:00開演(14:00開場)
詳細についてはコチラ(公式webサイト)からご確認ください。
また、2025年7月には「高校生のためのオペラ鑑賞教室 2025」と題して、
新国立劇場にて『蝶々夫人』が上演される予定です。
高校生以外の一般鑑賞も可なので、ご興味がある方は足を運んでみてはいかがでしょうか。
詳しい日程やコンセプトについてはコチラ(公式webサイト)
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
読者の方の中には「最近クラシック音楽に興味を持った」という方もおられるハズです。
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『蝶々夫人』の解説まとめ
今回はプッチーニの傑作オペラ『蝶々夫人』についてざっくり解説しました。
日本を舞台とした世界的オペラという点において、ぜひ一度は聴きたい作品だと思います。
オペラというと少しハードルが高い気がしますが、
まずはアリアなどの作品から親しんでいただき、
本編に興味を持っていただければ幸いです。
・蝶々夫人(ソプラノ)
・ベンジャミン・フランクリン・ピンカートン(テノール)
・シャープレス領事(バリトン)