唯一無二のピアノと歌声で、音楽シーンで輝きつづ絵k流シンガーソングライター、矢野顕子さん。
「天才少女」として鮮烈なデビューを飾って以来、その独創的な音楽性は今なお多くのアーティストに影響を与え、世代を超えて愛されています。
現在はニューヨークを拠点に活動し、2025年で70歳を迎えてもなお、その創作意欲は衰えることを知りません。
この記事では、そんな矢野顕子さんの経歴とプロフィール、時代を彩ってきた代表曲、気になる結婚歴や現在のプライベート、そしてファン待望の最新コンサート情報まで、魅力を余すところなくリサーチしてお届けします!
矢野顕子さんのプロフィールと唯一無二の経歴
出典:YouTube:「春咲小紅」
まずは、いつものごとく矢野顕子さんの基本的なプロフィールと、誰も真似できない音楽家としての歩みを振り返ってみましょう。
項目 | 内容 |
本名 | 矢野 顕子(やの あきこ) |
生年月日 | 1955年2月13日(2025年で70歳) |
出身地 | 東京都(育ちは青森県青森市) |
学歴 | 青山学院高等部 |
デビュー | 1976年 アルバム『JAPANESE GIRL』 |
職業 | シンガーソングライター、ピアニスト |
現住地 | アメリカ合衆国ニューヨーク州 |
「天才少女」青森から世界へ
1955年、東京都で生まれた矢野顕子さんは、医師である父親の仕事の都合で、中学卒業までを青森市で過ごします。
3歳でピアノと出会い、その才能は早くから開花。
青山学院高等部に進学すると、在学中からジャズクラブでピアノを演奏するなど、すでにプロとしての活動を始めていました。
1972年頃からは、ティン・パン・アレー系のセッションミュージシャンとして頭角を現し、多くのアーティストのレコーディングに参加。
そして1976年、伝説のロックバンド、リトル・フィートのメンバーらとロサンゼルスで制作したアルバム『JAPANESE GIRL』でソロデビューを果たします。
「天才少女現わる」というキャッチコピーと共に音楽シーンに登場した矢野さんの、ジャズ、ロック、日本の民謡までをも飲み込んだ音楽性は、当時の人々に大きな衝撃を与えました。
YMOとの共演、そして「春咲小紅」の大ヒット
その才能は国内にとどまらず、1979年から1980年にかけては、当時世界を席巻していたYellow Magic Orchestra (YMO) のワールドツアーにキーボーディスト兼ボーカリストとして参加。YMOのメンバーと共に、その名を世界にとどろかせました。
そして1981年、矢野顕子さんのキャリアを象徴する一曲が生まれます。作詞家・糸井重里氏とタッグを組んだ*春咲小紅」です。
カネボウ化粧品のCMソングに起用されたこの曲は、テクノポップを取り入れた軽快なサウンドとキャッチーなメロディで大ヒットを記録。
オリコンシングルチャートで最高5位にランクインし、矢野顕子の名を一躍お茶の間のものにしました。
ニューヨーク移住と現在に至る活動
1990年、矢野さんは活動の拠点をアメリカ・ニューヨークに移します。
以来、現在までニューヨークに在住しながら、レコーディングやライブ活動をグローバルに展開しています。
その活動スタイルは非常に精力的かつ多彩。
神出鬼没のピアノ弾き語り「出前コンサート」で全国を巡る一方、三味線奏者の上妻宏光さんやジャズピアニストの上原ひろみさんなど、ジャンルを超えたトップミュージシャンとのコラボレーションも積極的に行っています。
最近では、2024年12月にYAMAHA時代のアルバム全10作品がサブスクリプション配信を開始し、往年のファンから新しいリスナーまで、多くの音楽ファンを喜ばせました。
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時代を彩る矢野顕子さんの代表曲
出典:YouTube:「ごはんができたよ」
矢野顕子さんの楽曲は、日常の何気ない風景や感情を、独自の視点と卓越した音楽性で切り取っているのが魅力です。ここでは、数々の名曲の中から特に知られる代表曲をいくつか紹介します。
- 春咲小紅 (1981年)彼女の代名詞ともいえる国民的ヒット曲。糸井重里氏による「会いたかった」を繰り返す歌詞と、心弾むようなメロディは、今聴いても全く色あせません。
- ごはんができたよ (1980年)日常の温かい光景が目に浮かぶような、心温まる一曲。YMOのメンバーが全面参加しており、実験的なサウンドと普遍的なテーマが見事に融合した、初期の傑作です。
- ひとつだけ (1976年)もともとはアグネス・チャンさんに提供した楽曲のセルフカバー。ライブの定番曲であり、故・忌野清郎さんとのデュエットバージョンも非常に有名です。「ほしいものは ひとつだけ」というストレートな歌詞が胸を打ちます。
- ひとりぼっちはやめた (1999年)スタジオジブリ映画『ホーホケキョ となりの山田くん』の主題歌として書き下ろされ、幅広い世代に知られるようになりました。前向きで優しいメッセージが込められた、ポップな名曲です。
- 電話線 (1976年)デビューアルバム『JAPANESE GIRL』に収録された初期の名曲。アメリカンロックと日本語の歌詞を見事に融合させたこの曲は、彼女の音楽的ルーツと、デビュー当時の衝撃を今に伝えています。
矢野顕子さんの結婚歴と現在の夫は?
出典:YouTube:「ひとつだけ」
その音楽キャリアと共に、プライベートな生活も注目されてきた矢野顕子さん。彼女の結婚歴について、公表されている情報をまとめました。
最初の結婚は1974年、19歳の時。ご自身のプロデューサーでもあった矢野誠さんと結婚し、翌年には長男・風太さんを出産しています。しかし、1979年に矢野誠さんとは離婚されました。
その後、YMOの活動などを通じて公私ともにパートナーであった坂本龍一さんと1982年に再婚。二人の間には、現在歌手・アーティストとして活躍されている坂本美雨さんが誕生しています。(美雨さんの出生は1980年)
世界的ミュージシャン同士のカップルとして知られていましたが、2006年8月に坂本龍一さんとの離婚が成立したことを発表しました。
離婚後、現在の夫やパートナーについては、公にされている情報はなく、新たな結婚はされていないようです。
2025年最新コンサート情報!
出典:YouTube
70歳を迎えてもなお、ライブ活動を精力的に行う矢野顕子さん。
2025年後半も、国内外で多彩な公演が予定されています。
ここでは、注目のコンサート情報を形式別にご紹介します。
矢野顕子トリオ featuring Will Lee & Chris Parker
長年の盟友であるウィル・リー(ベース)、クリス・パーカー(ドラムス)との「黄金トリオ」による公演。ニューヨークでの貴重なライブが予定されています。
日程 | 会場 |
2025年10月5日(日) | ニューヨーク・Sony Hall |
公式Xより引用。
70歳を迎えても、なお活動的で素敵ですね!
さとがえるコンサート2025 〜30th Anniversary〜
1996年から続く年末恒例の「さとがえるコンサート」が、2025年で記念すべき30周年を迎えます。
今年は小原礼(ベース)、佐橋佳幸(ギター)、林立夫(ドラムス)という豪華メンバーと共に、全国6都市を巡ります。
日程 | 会場 |
2025年12月4日(木) | 広島・はつかいち文化ホール ウッドワンさくらぴあ |
2025年12月6日(土) | 岐阜・可児市文化創造センターala |
2025年12月7日(日) | 愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館 |
2025年12月9日(火) | 大阪・サンケイホールブリーゼ |
2025年12月11日(木) | 兵庫・神戸新聞松方ホール |
2025年12月14日(日) | 東京・NHKホール |
公式Instagramでスケジュールをチェック!
ソロ公演(ピアノ弾き語り)
矢野顕子さんの音楽の真髄を味わえる、ピアノ弾き語り形式のソロ公演も見逃せません。
日程 | 会場 | 公演名 |
2025年11月23日(日) | ロンドン・バービカンセンター | EFG London Jazz Festival 2025 |
2025年12月17日(水) | 神奈川・神奈川県立音楽堂 | 矢野顕子リサイタル in 音楽堂 2025 |
2025年12月19日(金) | 東京・日経ホール | 大手町座第39回 矢野顕子リサイタル2025 |
※各公演のチケット料金や開演時間、注意事項などの詳細は、公式サイトでご確認ください!
矢野顕子さんの経歴・プロフィール:まとめ
今回は、シンガーソングライター矢野顕子さんの輝かしいキャリアと現在の活動について掘り下げました。
デビューから約半世紀、常に立ち止まることなく、矢野さんは自由な精神で音楽の可能性を追求し続けています。その姿は、多くの人々に勇気とインスピレーションを与えてくれる存在です。
最後に、この記事のポイントをまとめますね。
- 「天才少女」としてデビュー: 1976年、その独創的な音楽性で日本の音楽シーンに衝撃を与えた。
- 数々の名曲: 「春咲小紅」をはじめ、「ごはんができたよ」「ひとつだけ」など時代を超えて愛される名曲を多数生み出している。
- ニューヨーク在住: 1990年から活動拠点をニューヨークに移し、国際的に活動を続けている。
- 結婚歴: 矢野誠さん、坂本龍一さんとの2度の結婚歴があり、現在の配偶者に関する公表された情報はない。
- 精力的なライブ活動: 2025年もトリオ、バンド、ソロと多彩な形式で国内外のコンサートを精力的に行う。
- さとがえるコンサート30周年: 年末恒例の「さとがえるコンサート」は、2025年で記念すべき30周年を迎える。
これからも、唯一無二の音楽で私たちを魅了し続ける矢野顕子さんの活動から、目が離せません!